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田浦の廃線跡

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▲2022-08 横須賀線田浦駅近くに残る、2つのダイヤモンドクロッシング ※交差部が目立つよう写真を加工 横須賀は、かつて日本海軍の本拠地、鎮守府が置かれた軍港都市 横須賀線は、横須賀への資材および人員の安定輸送を目的に、日本軍の要請によって建設された軍事路線の一つです しかし、1945年8月の大東亜戦争降伏後は、そうした軍事的な利用目的は喪失 以降は、沿線民の生活の足として、通勤、通学を主体とした路線に生まれ変わった歴史的経緯を持ちます そんな横須賀線の横須賀駅から西に1駅進んだ田浦駅には、かつての軍事輸送を支えつつも、時代や輸送手段の変遷によりその使命を終えた、専用線(引き込み線)の廃線跡がいくつか点在します 冒頭の写真もその中の一つで、僅かな距離で3本の線路が交差しています 現役当時は、物資輸送等を目的に数多の貨車が盛んに行き交ってたであろうと想像されます ▲2022-08 田浦駅北口の交差点に設置された看板の地図 最末期頃(?)の専用線の線路図が書き込まれている 1990年代中盤ごろまでは、米軍の燃料輸送を目的に定期的な貨物列車も設定されていたようですが、輸送手段の変遷によりこの列車も消滅 以降は線路の撤去工事も行われているようで、上に掲げた地図の内、2022年当時で線路が残る区間は2-3割程度に留まります インターネットで見かけたウワサによると、冒頭写真のダイヤモンドクロッシング(線路が交わってる部分)は自治体による保存も検討されてる、と言われてますが、信ぴょう性が如何ほどかはわかりかねます 田浦までのアクセスは、東京から横須賀線で1時間程度 ぜひ線路後が残っているうちに、訪れてみてはいかがでしょうか 今週はこのへんで、ではまた

2021年おつかれさまでした

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今年一年おつかれさまでした。 ▲2021-09 京都鉄道博物館 来年もどうぞよろしくお願いいたします。

朽ちかけの保存車たち

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現役から退いた鉄道車両の多くは、そのまま解体されてしまうことが殆どです。 稀に歴史的価値を認められ、車両が保存される場合などもあります。公園なんかに保存されている蒸気機関車なんかがこれですね。 これとは別に、歴史的価値などの如何を問わず、個人に譲渡されるケースもあります。 自分がこれまで見てきた個人譲渡車の多くは、車体の大きさを活かし倉庫等に活用されているのが殆どでした。 保存状態は基本悪く、いつ朽ち果ててもおかしくない状況が殆どなのですが、その姿がまた魅力的に映ります。 ▲2017-09 茨城県内 元日立電鉄モハ11 幻の銀座線200型とも言われます ▲2017-09 茨城県内 元日立電鉄モハ352 静岡鉄道時代の塗装に仕立てられています しかしながら、こうした車両たちもいつかは役目を終えてしまうもの。 再訪時、残っているかは運次第。だからこそ、より寂しさが引き立つのかもしれません。 ▲2017-09 茨城県内 元東急6201号車 訪問の約1年後に解体撤去されたとのこと

最近の日記3題

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1週間ぶりにフィットボクシングをやりました。 少し前までは毎日欠かさず40分、って感じで進めてたんですが、ちょっと前に体調崩したあたりからサボりがちで…… ちょっと間隔あけるだけで一気にしんどくなるんですね。マッスルメモリーってナニ。 鉄道模型をだいぶ手放しました。 最初は欲しくて買ったハズなのに、気づいたら心が離れちゃうこともありますよね。ほかには同じ形式の車両を別メーカーのものに置き換えたりしてます。 とはいえ、好きな車両は手元に残してますし鉄道模型から引退って感じではないです。 残った車両は中央線や山梨県を中心とした車両が多かったですね。たびたび出かけていたエリアなので、そういった思い出の補正もあるとは思います。 今後は少しずつストラクチャーなんかに手を出しながら、旅の想い出を模型に落とし込んでいく感じかもしれません。 ▲山梨交通カラーを手に入れたの図 クラウドファンティング支援しました。 勝沼ぶどう郷駅前に保存されているEF64電気機関車、18号機を美しく蘇らせる活動のクラウドファンティングに支援しました。(→ クラウドファンティング詳細はこちら ) EF64 0番台は保存車が極めて少なく、現存するのは今回支援した18号機と、高崎車両センターに所属する動態保存機の37号機のみ。 EF64 0番台がブルートレインの牽引機に舞い戻り、ファンを湧かせた1年間は10年以上も昔の出来事になってしまいました。 ▲2009-10 2021レ 寝台特急あけぼの 0番台牽引のあけぼの 幻のような1年限りの光景 今回のEF64保存費用に関してのクラウドファンティング、目標額に至らなくとも支援費はEF64の保存に活用されるようで、それだけでも支援する意義はあったかと思います。 ちなみに目標達成時のお披露目は来年(2022年)4月とのこと。 世間を騒がせているウイルスの諸問題が落ち着いて、満開の桜の下で蘇ったEF64の姿が見れることを願わずにはいられません。 最近の活動はこんな感じ、ブログに書けそうな話題があってよかった。

シェルパくんからの見どころ案内

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旧信越本線 横川↔軽井沢間の廃線区間11.2km。 このうち、約4分の1にあたる2.6kmの区間はトロッコ列車用の線路として整備されており、かつてのJR最大の難所を鉄路で楽しむことができます。 ▲2021-06 碓氷峠鉄道文化むら 運転体験用に残されているEF63電気機関車 トロッコ列車(シェルパくん)は3両編成。 軽井沢方よりオープンデッキ客車、普通客車、動力用ディーゼルと連結されており、オープンデッキに立てば運転士視点からJR最大の難所を楽しむことができます。 ▲2021-06 碓氷峠鉄道文化むら 左手に貴重な保存車たちを眺めつつ、旧信越本線の上り線を進む 運転体験用線路との共用区間 ▲2021-06 碓氷峠鉄道文化むら 運転体験用に動態保存されている4両のEF63機関車 ▲2021-06 碓氷峠鉄道文化むら この分岐器から旧信越本線の下り線へ転線 ▲2021-06 碓氷峠鉄道文化むら 分岐器から約100m、運転体験用線路との共用区間はここまで 停目手前に見える地上子は運転体験用の直下地上子でしょうか ▲2021-06 碓氷峠鉄道文化むら 前の画像から更に300mほど進んだ、高崎起点30kp付近 横川→熊野平の下り第1閉塞の歓呼位置が大体この辺らしいです ▲2021-06 碓氷峠鉄道文化むら 前の画像から約150m、下り第1閉塞ロング地上子 運転体験用の物と異なる、縦長タイプのATS-S地上子 ▲2021-06 碓氷峠鉄道文化むら 前の画像から約400m、下り第1閉塞信号機 高崎起点からのキロ程では大体30k610mくらいでしょうか ▲2021-06 碓氷峠鉄道文化むら 前の画像から約150m、丸山変電所跡地付近 特急「あさま」時代は、大体このあたりで上下列車が離合していたそうです ▲2021-06 碓氷峠鉄道文化むら 前の画像から約250m、高崎起点31kp付近 緩い左曲線の先で勾配率が大きく変わるのが見て取れます ▲2021-06 碓氷峠鉄道文化むら 前の画像から約300m、霧積川橋梁手前 ここから軽井沢まで、60‰を超える急こう配が約8kmに亘って続きます ▲2021-06 碓氷峠鉄道文化むら 前の画像から約300m、65‰を示す勾配標 シェルパくんの終点、峠の湯はもう間もなく ▲2021-06 碓氷峠鉄道文化むら このあたりからはアプト式時代の旧線に沿っ...

ポッポの丘の103系

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103系といえば、それぞれ好みの塗装、運転台の高さ、戸袋窓の有無などで派閥があるところで、同じ形式が好きなのに争いが絶えない車両のイメージがあります。 個人的には戸袋窓が残存した東日本スタイルの車両が好きでした。 JR東日本では仙石線の103系が最後まで活躍しており、引退前のイベントでは定期快速の代走に入る姿を撮影しに行ったりもしたものです。が、仙石線の103系はラストランの数か月後にあっさりと解体されてしまいました。 ▲2009-10 103系RT-235編成 この他、鉄道博物館には103系のカットモデルも保存されました。 鉄道博物館の開館後、暫くは最終運用時の姿に近い状態で残されていましたが、2017年の施設リニューアルに伴いカラーリングが大幅に変更されております。 ▲2011-07 103系カットモデル 現役時に近い姿で保存されていた頃 103系は東京近郊でも多く活躍していたものの、東京近郊には保存車が極端に少なく、しかも一般に公開されているのは鉄道博物館のみ。という状況が暫く続いておりました。 とは言っても、一般に公開はされていないだけで、隠された保存車というのは何両かありました。2020年に千葉県いすみ市、ポッポの丘で公開された103系もそのうちの一つです。 ▲2020-07 クハ103-525 この、クハ103-525は武蔵野線北府中駅に隣接する、東芝府中事業所内に保存されていた実験車両のうちの1両です。 稀に、武蔵野線の車窓からその姿を捉えることはできましたが、見れたらラッキーというような存在であり、一般公開と言うにはやや難のある存在でした。 ▲2020-07 クハ103-525ほか 東芝府中事業所内に搬入されて暫くは、キャラクター等の描かれた奇抜な塗装の時期もありましたが、2010年ごろに武蔵野線をイメージしたオレンジ一色に塗装変更されました。このときは末永く保存されるものと思ったものです。 しかし、物事はそう上手くもいかないようで、10年も経過すると同車は解体の危機に瀕します。そこに待ったをかけたのが千葉鉄道車両保存会の方々。 ▲2020-07 クハ103-525 ATS-B形車上子が残る連結器回り 営業線からの撤退は1994年と早かったこともあり、原形らしさを残すこのクハ103-525。 当時の主力だったATS-B形車上子も連結器回りにしっかりと...

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